心理学は、依存症を「快楽や安心を求める薬物を常用し、それがなくなると、不安に耐えられなくなる状態」と説明する。少量、また少時間であれば健康的なものでも、自分と人に害になるまでやめられないなら、依存症になる。アルコールをはじめとする薬物類、ニコチン、シンナーその他がすぐに思い浮かぶが、行為や行動が依存の対象となることもある。そして今や、携帯とパソコンの爆発的な普及によって、インターネットが依存の対象になっていると、多くの人が指摘している。その背後には「見捨てられ恐怖」があると言われる。
今年の夏、小学生6年生女子がサイト上にした書き込みが、殺人にまでエスカレートするという事件に、日本中が息を飲んだ。人間が生み出したインターネットが、人間に害を与えている実感を抱かせる。ネット依存症と、自分の家族をいかに守ったらいいのかを考えてみたい。
インターネット依存症
レスリー・アームストロング
ある日の夕方。アメリカのとある田舎町の教会の一室に、数名の男女が集まっている。折り畳み椅子に腰を降ろし、使い捨てカップのコーヒーを飲んでいる。12のステップを読み上げたあと、最初の人が自己紹介する。
「ボブです、インターネット依存で悩んでます。いくらやっても満足できないんです。この中毒のお陰ですべてを失いました…」
「インターネット依存? そんなものがあるの?」
と思う人もいるだろう。アルコール依存症者の自助グループであるAA(アルコホーリックス・アノニマス)では、インターネットにはまって抜けられない人々を助けるための部門を今、立ち上げようとしている。
実は、AAの対策は、遅すぎるくらいなのだ。ABCニュースと心理学者のデビッド・グリーンフィルドは、アメリカのコンピューター利用者の6%、つまり千百万人以上が、なんらかのインターネット中毒にかかっているという。
多くのインターネットマニアは一晩中オンラインにしているので、時に「インターネット吸血鬼」などと呼ばれる。コンピューターの前に座り始めると自制心を失うのだ。「You've
Got Mail」などの映画は、コンピューターにアシストされた恋愛を美化して見せ、オンラインで遊ぶ楽しさをメグ・ライアンやトム・ハンクスなどの人気スターが宣伝するが、ネット恋愛の現実は、そんなものではない。不満ある夫や妻は、結婚相手と真面目に向き合うことをせず、手軽な性的満足と実質の伴わない人間関係を求めてネットに向かう。
特に男性たちは、インターネット・ポルノや、いわゆる出会い系「チャットルーム」の誘惑に弱い。そういう所で行われていることを「出会い」と呼ぶのが、そもそも間違いである。意味ありげなハンドルネームの陰に隠れて、男女が勝手に自分のパーソナリティーを作り上げ、性的にあからさまな会話、つまりサイバーセックスをする。はじめはキーボードを叩いているだけだったのが、テレフォンセックスにエスカレートしたり、人目を忍んで実際に会うようなことにもなる。
この忌わしい罠に取り付かれた男の妻たちは、夫の問題にまったく気づいていないことが多い。「インターネット未亡人」は、夫が夜な夜な怪しげなネットサーフィンをしている間、ずっと眠りこけていて、ほとんど気づかない。
依存症の専門家達が心配するのは、際限のないポルノサイトやチャットルームだけではない。オンラインで何時間過ごしても平気なこと、禁断症状が出ること、自分をコントロールしようとしてもできないことなどはすべて、専門家がインターネット依存症と名付けたこの病気の症状である。インターネット依存症は、衝動と抑制の問題に関わる広い分野をカバーする言葉で、以下の症状が含まれる。
* サイバー・セックス依存… アダルト系チャットルームやポルノをやめられない
* オンライン関係への依存… チャットルーム等のフォーラムだけで友だちを得ようとする
* ネット強迫症… ネット上で強迫的にギャンブルやオークションにふける
* 情報の取込み過ぎ… 情報を求めてサイトやデータベースを強迫的に捜しまわる
* コンピューター依存症… 強迫的にゲームをしたりプログラミングをする
ある依存症者は、一日に十八時間もネット上で過ごし、仕事や家族を犠牲にしてかえりみないという。インターネット依存症が精神科の治療を必要とするものかどうかは、専門家の間でも議論されているが、コンピューターネットワークによって多くの人々の人生が乱されているのはまぎれもない事実である。
臨床心理学者で、ペンシルベニヤ州ブラッドフォードにあるピッツバーグ大学心理学部助教授、またオンライン依存症研究センター(Center
for On-Line Addiction)創立者のキンバリー・ヤング博士によると、インターネットは、双方向性があり、匿名で使え、また規制がないため、テレビやラジオ以上に中毒になり易い。
「ストリップ街には規制があっても、インターネットにはないんです。」とヤング博士。
博士がこの研究を始めたのは1994年。友人の夫が、チャットルームのとりこになって夫婦関係がおかしくなってきたのだ。博士によれば、依存症者の年齢層は十代から熟年に及ぶ。中毒になるのは性行動だけでなく、ネット・ショッピング、過剰なギャンブル、双方向性のオンライン・ゲーム、またチャット・ルーム。
「なんであれ、度を越せば直接的な問題が出て、その人の財布、たましい、そして情緒もおかしくなります。インターネットは手軽すぎるために、依存行動に結びつくリスクが高いんです」
オンライン依存症研究センターによると、性的な意味でのインターネット依存症者の70%は、ネットにつながる前は性的な問題がなかったという。しかし、サイバーセックスにふける無数の人は、それをやめない。
「サイバーセックスをいけないことだと考えない人が多い」とヤング博士はいう。
「『じかに相手の肌に触れるわけじゃないから、セックスとは言えない』と、へ理屈を言います。でも、それが本来夫婦の間にあるべき情緒的肉体的な関わりを侵すんです。」
インターネット依存について、声をあげる教会も出始めた。たとえば、ローマ・カトリックは最近、「サイバーセックスも、姦淫である」と断定した。教会や、クリスチャンのカウンセラーのところには、助けを求めるカップルが引きも切らない。
ヤング博士は、インターネット依存を理解するための三ポイントをあげる。
匿名性があること
「あなたの秘密の深さと同じくらい、あなたは病気だ」という表現を聞いたことがあるだろうか。インターネット依存はこれに当る。当事者は、妻や夫がベッドの下や押し入れに隠した雑誌を見つけるのではないかと心配する必要がなく、かけた電話番号が電話の振り替え通知書に報告されることもなく、アダルト・ショップから出て来るところを教会の誰かにみつかる気遣いもいらない。オンライン上の二人の間だけのことだからだ。コンピューターが苦手の人なら、自分の夫や妻がかげで何をしているのかみつけることは、まずないだろう。
手軽なこと
自宅のプライベートな空間から、一度のクリックで世界とつながれる。いくつかのキーをたたけば、恋愛、オンライン・ゲーム、アダルト商品その他が、文字どおり手元に届く。出かける前に着替え、髪を整え、デートにお金をかける必要もない。ヤング博士は言う。
「アダルト・ビデオをレンタルする勇気のない男性が、女性の写真をダウンロードします。普通は性的な会話などまずしない女性が、オンラインではサイバーセックスをするんです」
逃避
「なにかむしゃくしゃすることがあると、インターネットで憂さばらししようという人がいます。」と博士。インターネットを精神安定剤と考える依存症者もいれば、興奮剤とみなす人もいる。ネット上では、どんな人間のふりもできる。実際よりもスマートな人間にもなれれば、独身者にもなれる。子供のことも忘れられる。まさしく幻想の世界だ。(この誘惑に負ける人が多いのも、不思議ではない)
インターネット依存でない人には、会ったこともない人とオンラインでHな会話を交わしたからといって、自分の伴侶を現実に見捨てる人がいるなどとは信じがたい。しかし、オンラインでは日常のことだ。メディアでは、インターネットで出会い結婚した独身者の話しをよくみかけるが、サイバーセックスのゆえにこわれた家族のことは、まず報道されない。
ヤング博士によれば、うつに悩む女性はとくにウェブの誘惑に弱い。
「すでにうつで苦しんでいる女性は、人間関係でトラブルを起こす傾向にあります。人に受け入れられたいという欲求が高く、人が離れていくことを恐れます。ですからインターネット上で、他のユーザーから完全に受けいれられ無条件に愛される体験をすると、いやなことがあっても、ひとまずは気が晴れるんです」
男性は、ネット上での性的言動、オンラインゲーム、投機、またHなチャットルームやポルノによって、幻想のパワーを味わえる。現実の家庭では味わえなくなった性的興奮を、ネットでは経験できる。かつては出張にかこつけて妻を裏切っていたのが、今は妻が寝ている間に自室のモニター画面で同じことができる。
ヤング博士は言う。
「インターネットは、五十年代のテレビと同じ早さでアメリカの家庭に浸透しています。ネットを経験する人が増えれば増えるほど、問題も増えます。今見えているのは、氷山の一角です」
助けを得ること
博士によれば、インターネット依存症は、患者の人間関係、職業、家族また経済にも悪影響を及ぼしており、今や臨床的に治療を要する疾患だという見解が、精神衛生の専門家の間でも定着してきたという。どんな依存症でも同じだが、治療は、「自分には問題がある」という自覚に始まり、神を求め聖書的なアドバイスを得て解決に近づく。
AAは、メンバーが二度とバーや酒屋に近づかないように励ますが、オンライン依存症研究センターでは、Eメールやチャットルームを通してヴァーチュアル・クリニックを提供している。(Center
for On-Line Addiction で検索が可能 英語のみ)
インターネットには、研究調査活動という目的に使えば多大な可能性がある。しかし同時に、本質的に奔放でわけの分らない部分を秘めている。インターネットの内容を規制するより良いシステムが作られるまで、クリスチャンにとっての合い言葉は「警戒心」だ。危険な「落とし穴」があることを頭に入れておけば、あなたもあなたの家族も、ネット社会の暗く厄介な一面をさけて通れるだろう。この最新の技術を用いるさいには、「神よ、私に危ういサイトやその誘惑から自らを守る決心と、判断力と、智恵を授けて下さい」と祈りたい。
◆レスリー・アームストロング
米国コロラド州ブエナビスタに住む主婦。フリーライターとしても活動している。
Original Title: "Addicted to Cyberspace" by
Leslie Armstrong. From www.family.org, a website of Focus on the
Family. Copyright c 2001, Focus on the Family. All rights reserved.
International copyright secured. Used by permission.
*キンバリー・ヤング『インターネット中毒?まじめな警告です 』
(1998年毎日新聞社、税込み1890円)が参考になります。